かおすもにゅめんたむ

独自な視点でアニメ・声優・ゲーム・アイドルなどを考察するブログ

小室哲哉は引退する必要が一切ない

小室哲哉が引退を表明した。かなり驚いたが会見を聞いて思うのは、引退をする必要がないということしかなかった。もっと言えば謝罪すらする必要がない。

まず「不倫に対するけじめ」ということだが、もし小室哲哉が本当に一線を越えるような不倫をしていたとしても、不倫ごときで引退する必要がそもそもないベッキー矢口真里は、小室哲哉よりも酷い悪質な不倫をしているのに芸能界を引退もせずデカイ顔をしてテレビに出ている。
宮崎謙介や山尾志桜里はもっと節度が求められる政治家のくせに、前者はテレビ活動を、後者はいまだに政治家を続けている。もちろん当選したためであるが、出馬しないという選択肢もあったはずだ。

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小室哲哉ベッキーや矢口などの有象無象の芸能人ではないし、宮崎や山尾みたいに誰でも代理が効くような三流政治家でもない。一時代を築いた才能に溢れる音楽家だ。
この音楽家を不倫、それも疑惑ごときで辞めさせてはいけない。才能無罪のように聞こえるかもしれないが、その通りだ。才能があり世間に求められている人は少しの粗相も許される。山尾志桜里もそうやって当選してきた(と自分では思っている)んだろう。

小室氏の言ったように、男女の関係が一切なかったのであれば謝罪する必要がない。介護の疲れをほかの人に聞いてもらいたいというのは普通のことだ。精神的な支えになってもらうことだってあるだろう。腕を組んでもらったくらいで何か問題でもあるのか。

次に小室哲哉が会見で言った「才能の枯渇」であるが、これは才能のない私には彼の苦悩が分からないので真に慮ることができない。しかし私は「才能の溢れる音楽」を聴きたいわけではない。「小室哲哉の音楽」を聴きたいのだ。
別にイマイチな音楽でもいい。先日放送されたラストアイドルでも小室哲哉の楽曲『風よ吹け!』は正直に言えば、そんなに良い曲とは思えなかった。しかし小室哲哉ラストアイドルのプロデュースをするというその事実だけで、小室哲哉の全盛期を実感してきた私の世代は嬉しいのだ。

小室哲哉は天才だからプライドがあって、才能が枯渇した様子を周りに見せたくないのかもしれない。しかし小室氏は本当は音楽活動は続けたいはずだ。そうでなければ、「悔いがないという言葉は出てこない」などという言葉は出てこない。
才能が枯渇しててもいいじゃないか。天才が歳をとって、天才でなくなって形振り構わず足掻く姿も美しい。そこから生まれてくる新しい音楽もあるかもしれない。昔の小室ミュージックでなくてもいいから、もっと小室哲哉の音楽を聴きたい。

最後に会見に対する批判について反論したい。「KEIKOさんの現状を言う必要はなかった」という意見だ。これは有名人では坂上忍木村太郎が言っているが、私は間違いだと思う。言う必要はあった。
もしKEIKOさんの現状を事細かに言わず、介護に疲れたとだけ言ったとしよう。すると必ず、介護というものはどんなものかを想像せずに、言い訳だけしていると感じる人が出てくる。
今回この意見を言っているのは、介護の未経験者が多いのではないかと思う。そういう人は実際に終わりの見えない介護を体験してみてほしいくらいだ。会見の場で自分の苦悩を聴いてもらいたくなって小室哲哉の気持ちが分かるだろう。気持ちを思い測れない人が外野からわーわー言うのは無責任だ。

小室哲哉が、安室奈美恵のように悔いもなく自分で決めて引退するのであれば仕方ないと思う。しかしそうでない、もっと音楽を続けたいのであれば引退する必要はない。もし引退撤回を求める署名運動があったら、SMAPの解散撤回署名には参加しなかった私も参加したい。

今回一番面食らっているのは週刊文春だろう。今まで芸能人の不倫を暴いてチヤホヤされてたくせに、まさか自分の方に矛先が来るとは思ってなかったに違いない。ベッキーの不倫や三森すずこの熱愛なら、どんどん暴いてもらって構わない。最近はおろそかだが、本業のはずの政治家のスキャンダルもどんどんやってくれ。
しかし今回の小室氏のように微妙な立場の人の不倫疑惑報道は慎重にやったほうが良いのではないか。報道機関にも節度が必要だ。